第1回 群馬県桐生市      〜1300年を超える歴史をもつ繊維産業の一大産地

 『西の西陣、東の桐生』とも言われ、奈良時代から織物で栄えた桐生市。1300年を超える歴史ある街である。また『桐生は日本の機どころ』とも上毛かるたでも歌われている。よって、桐生市の織物産業は、企画から製品化までのデザイン、撚糸、染め、織、編み、刺繍、縫製といった多くの工程の技術が集積した日本を代表する繊維産地である。

 桐生織にはこんな逸話も残されている。あの天下人・徳川家康の要請により、天下分け目の関ケ原の戦いの際には、職人が白絹で軍旗2410疋をわずか1日で織って献上したと言われている。つまり、桐生織は家康に勝利をもたらした幸運を呼び込む織物でもある。その家康の命により、桐生の街は天正19年(1591年)から慶長11年(1606年)の間に養蚕や絹織物の拠点として整備された。よって、徳川家康は桐生の街の生みの親と言っても過言でない。

 桐生織物は、お召織り、緯錦織りなど7つの技法があり、様々な種類の織物が作られてきた。江戸時代後期から産業として発展。明治維新を迎えると工業化が進み、1881年(明治14年)には、日本で初めて対米輸出された。さらに1887年(明治20年)には日本織物株式会社が設立されて工業化に成功し、日本の代表的な産業としての地位を確立した。その後、昭和初期には「ノコギリ屋根」といって、三角屋根が特徴な形状の織物工場が多く立ち並ぶまでに成長した。

 桐生織は1977年(昭和52年)に当時の通商産業大臣から『伝統的工芸品』の指定を受けた。また、1997年(平成9年)には桐生織物会館旧館(現・桐生織物記念館)が国の登録有形文化財に指定された。近年では2008年(平成20年)に、「桐生織」が地域団体商標に登録されている。だが、栄華を極めた桐生の繊維産業だが、海外からの安価な製品などの流入により近年は苦戦を強いられており、立て直しが急務とされている。

 最後に食の話題を。桐生市を中心とした北関東一帯は「小麦」の産地でもあり、桐生市内では『ひもかわ』といって、小麦で作られた薄くて幅の広いうどんが有名である。ぜひ、桐生に立ち寄られれば食べてみて下さい。

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  左の写真は徳川家康公像。

  桐生の街が日本を代表とする繊維産業の一大産地と

  なった生みの親でもあります。

  (静岡市葵区・駿府城公園内)(2015年3月撮影)

   






国の登録有形文化財として指定を受けた桐生織物記念館(桐生市)(2014年9月撮影)








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