第4回 富山県高岡市      〜官民が一体となって守り抜く400年の伝統ある鋳物産業


 人口約16万人の富山県第二の都市である高岡市。ここに1609年(慶長14年)高岡城が築城されて入城したのが前田利長。利長は加賀百万石の礎を築いた前田利家の嫡男で加賀藩二代藩主。2年後の1611年(慶長16年)に高岡市内の金屋町に7人の鋳物師を招き、鋳物工場を建設。高岡城下町の産業を育てようとしたのが、現在の高岡の鋳物産業をはじまりだと言われています。鋳物とは、1500度近い高熱で溶かした金属を砂などで作った型に流し込み、固めた後に型から取り出して作る製品のこと。当初は鍋や釜、農器具が中心として作られていたが、その後は花器、仏具などの鋳物に彫金を施す「唐金鋳物」を作りだすことによって発展。明治時代になり、ウイーンやパリなどで開催された万国博覧会に出展し、高岡の鋳物が世界に知られるようになった。

 その後、銅器づくりに着手し高岡銅器は高岡を代表する製品と言っても過言ではなくなった。1975年(昭和50年)に今の経済産業省から伝統的工芸品の指定を受け、実に全国の銅製品生産量の90%以上を高岡が占めています。高岡の鋳物産業は「分業制」で成り立っているのも一つの特徴で、原型・鋳造・仕上げ・着色・彫金といった銅製品が出来上がるまでのそれぞれの工程が高岡市内の鋳物業者が担っており、まさに街を挙げての一大産業となっているのです。

 しかし、高岡の鋳物産業も経営者の高齢化や後継者不足、さらには事業の先行きが暗いといった理由で廃業が増えているようです。そこで、危機感を覚えた高岡市が、国から構造改革特別区域計画「高岡市ものづくり・デザイン・人材育成特区」の認定を受け、2006年4月から市内の小・中・特別支援学校全40校で、高岡市の歴史や産業の特徴を活かした必修科目に「ものづくり・デザイン科」をスタートさせています。地域の伝統工芸や産業に目を向けた取り組みで高岡の鋳物産業を守っていこうとする姿勢がうかがえます。また、皆さんがよくTVなどのメディアで見聞きする株式会社能作は、2017年に新社屋を建設して「産業観光部」を設け、国内外から工場見学者を受け入れて鋳物産業のPRに取り組んであり、「官」と「民」が一つになって高岡の鋳物産業を必死に守っています。

 全国各地の小学校には、あの二宮金次郎(二宮尊徳)の銅像が立っています。これは高岡市内の老舗企業・平和合金が昭和初期から製造しており、その数は1000を超えています。また、同じく老舗企業で梵鐘を作り続けてきた老子製作所は昨今のウイスキーブームによりウイスキー作りに取り組む酒蔵からの注文でポットスチールを製造しています。このように高岡銅器はいろいろなところでその存在感を示しています。

 高岡市では、鋳物産業の街として礎を築いた前田利長公を忍び、毎年命日である6月20日に「御印祭」を開催しています。


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 高岡が鋳物産業の街として発展を遂げる礎を築いた前田利長公像。

 高岡市は2009年に開町400年を迎えた。

 (富山県高岡市)

 (2009年3月撮影)



  全国各地の小学校をはじめ、色々な所において、二宮金次郎(尊徳)の少年時代の薪を背負いながら読書している銅像が建てられている。

 (静岡県掛川市・JR掛川駅前)

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